広島地方裁判所呉支部 平成7年(ワ)110号 判決 1998年3月27日
原告
須川元雄
右訴訟代理人弁護士
高盛政博
右同
原田香留夫
右同
笹木和義
被告
呉中央水産株式会社
右代表者代表取締役
中下壮平
右訴訟代理人弁護士
池村和朗
右同
山本正則
主文
一 原告が被告の従業員の地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成六年五月から毎月末日限り、一か月あたり三二万八三二〇円の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
1 主文第一項同旨
2 被告は、原告に対し、平成六年五月から毎月末日限り、一か月あたり三九万六一九五円の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対して、解雇の無効を理由として、従業員の地位確認と解雇処分後の賃金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実と括弧内の証拠によって明白な事実)
1 被告は、呉市中央卸売市場において卸売業を営む株式会社であり、原告は被告の従業員である。
2 原告は、平成六年四月一日当時、呉中央水産労働組合(以下「訴外組合」という。)の執行委員長であったが、同日付けの別紙(略)のとおりの内容の「公開質問状」と題する書面(以下「本件質問状」という。)を配付した(<証拠略>弁論の全趣旨、但し、本件質問状の配付先には争いがある。)。
3 原告は、平成六年五月九日、被告から、普通解雇(以下「本件解雇」という。)を通告され、以後、賃金の支払を受けていない。なお、本件解雇当時の原告の平均賃金は、賞与を除いて計算すると月額三二万八三二〇円である。
二 原告の主張
1 本件質問状配付に至る経緯
(一) 被告においては、平成二年三月以降、勤務時間が不規則な現業部門の従業員に対し、各就労日ごとの現実の残業時間数とは無関係に、就労日一日につき一律に一時間分の時間外労働があったものとみなし、これに対する時間外割増賃金を営業手当として支給してきており、同手当は、実質的には、給与の額を調整するいわゆる調整手当の性格を有していた。
そして、その名称の曖昧さもあって、被告従業員の大部分は、同手当を時間外手当とは異なり、給料の一部として毎月必ず支給されるものと認識していた。
(二) 被告は、平成五年五月から、訴外組合に対し、営業手当の廃止があり得ることを示唆し、これに対し、訴外組合は、同手当の廃止の不当性と本件質問状に記載した未回収売掛金、子会社の経営、役員報酬等の被告の財政上の問題点を指摘して、右諸問題の解決による財政改善により営業手当の廃止を回避するよう求めていた。
(三) 被告は、平成六年三月二四日、訴外組合に対し、業績悪化を理由として営業手当を、同年四月分から減額ないし廃止する旨を通告し、同年三月二八日には、非組合員を含めた被告の従業員に対しても同旨を通告して、原告を始めとする従業員の反対を押し切って同手当の廃止を強行しようとした。
(四) そこで、訴外組合の執行委員長の立場にあった原告は、右廃止の強行を避けるため、会社外にも事の顛末を知らせて訴外組合への理解と支援を求め、同時に被告の再考を促し、営業手当廃止に関する労使交渉の再開を図る目的から、同年四月一日、本件質問状を作成し、同月四日、これを配付したものである。
2 本件質問状について
(一) 原告による本件質問状の配付先は、呉市中央卸売市場の担当職員、同市場内の浅田食堂(以下「浅田食堂」という。)の経営者及び株式会社クレスイ食品の代表者だけであり、右各配付先は、いずれも被告又はその従業員と密接な関係を有しており、また、原告は、右各配付先への配付に先立って、本件質問状を被告に手交している。
(二) 本件質問状の作成配付は、そもそも訴外組合の大会決議事項ではなく、同質問状は、訴外組合の執行委員長であった原告が、訴外組合内部の正当な手続を経て、訴外組合名義によって作成配付したものであり、組合としての作成配付であることには疑問の余地がない。
なお、被告は、訴外組合から、本件質問状が訴外組合の決議に基づくものではない旨の回答を得たとしているが、右回答は、訴外組合の副委員長であった馬場宏司個人によってなされたものである。
(三) 原告が、被告による営業手当の減額、廃止を回避すべく、関係第三者に対し、前記のような目的をもって、これに関連する事項を、前記のような配付先に、公開質問状の配付という形で知らせたことは、たとえ、右事項が被告の信用に一定の影響を与えたとしても、その内容が真実であるか、あるいは、原告において真実であると信じるに足りる相当な根拠に基づくものであれば許容されると言うべきである。
そして、本件質問状の内容のうち、営業手当がみなし残業手当であり、同手当を時短を口実にカットすることは実質的な賃金カットにつながる旨の主張は真実又は真実と信じるべき相当な根拠があるというべきであり、その他の未回収売掛金、被告子会社に対する経営責任、役員報酬、ゴルフコンペ、社員旅行、役員定数及び新入社員の採用の諸問題も、いずれも前記1(二)記載のとおり、訴外組合が、業績悪化を理由として営業手当の廃止を迫る被告に対し、従前から営業手当の廃止よりも優先して改善すべき被告の財政上の課題として指摘してきた事柄であって、いずれも労使交渉事項であり、その内容も真実又は原告において真実と信じるべき相当な根拠がある。
(四) 本件質問状が営業手当の減額、廃止に対抗するため訴外組合によって作成されたものであることは同質問状自体によって明白であり、被告の取引先等が、訴外組合作成の本件質問状の内容によって被告の経営状態を判断するとは考え難く、本件質問状の配付により、被告の信用が低下したり、業務に重大な損害が生じたとは考えられない。
また、仮に幾分かの信用低下等が生じたとしても、被告従業員及び訴外組合の正当な権利を保全するためにやむを得ないものである。
3 本件解雇の無効
(一) 本件解雇に先立つ被告の訴外組合に対する本件質問状に関する照会とこれに対する訴外組合からの回答の経緯は前記2(二)記載のとおりであり、被告による原告の事情聴取も、被告の原告に対する一方的な糾弾、罵倒に過ぎない。
(二) 原告は、平成四年五月の訴外組合の結成以来、その執行委員長として、被告との労使交渉にあたってきたもので、これに対し、被告は、圧迫や利益誘導等の手段によって訴外組合員の個別的な切り崩しを行い、その結果訴外組合員数は一〇名に減少した。そして、被告は、残存組合員の中核である原告の排除の機会を窺っていたところ、原告が営業手当の廃止に反対して本件質問状を配付したことを好機として捉え、原告を職場から永久に排除する目的をもって、本件解雇に及んだものである。
したがって、本件解雇は、原告が訴外組合の正当な行為を行ったことを理由とする不当労働行為であって、無効である。
(三) また、仮に、本件解雇が不当労働行為にあたらないとしても、本件に対して解雇をもって臨むのは著しく権衡を失し、明らかに不当であり、解雇権の濫用として無効である。
4 原告の賃金額
原告の被告に対する雇用契約に基づく賃金支払請求権の対象には賞与も含まれるべきであり、賞与を含めて計算した本件解雇当時の原告の平均賃金は月額三九万六一九五円である。
三 被告の主張
1 営業手当の法的性質と同手当廃止に至る経緯
(一)営業手当は、平成二年三月から支給されるようになった手当であるが、その支給対象者が被告の鮮魚部の一部の従業員に限られていること、同手当の支給は、被告が、時間外手当の支給計算の簡便化を目的として、発案決定したものであることからして、実質的には時間外労働の割増賃金であって、原告が主張するようなみなし残業手当ではない。
(二) 被告は、営業手当導入の際、従業員に対して、右導入目的を説明しており、現に、同手当導入後は、同手当が支給される反面、時間外手当が従前より大幅に減額されたにもかかわらず、従業員とのトラブル等の混乱は生じていない。
原告も、被告からの右導入目的の説明と導入後の給与明細書の内容から営業手当の右性質を十分に認識していた筈である。
(三) 営業手当の右趣旨からすると、同手当を廃止し、本来の時間外手当に戻したとしても、賃金カットや労働基準法違反の問題が生じることはない。
また、被告は、営業手当の廃止に際しては、鮮魚部のみならず冷凍塩干部の従業員に対しても、時間外労働の短縮についての説明と意見のとりまとめを行っており、原告が主張するような同手当の廃止を一方的に強行しようとしたことはない。
2 本件質問状の問題点
(一) 原告は、本件質問状を、呉市役所、浅田食堂のほか被告の主要取引先である株式会社クレスイ、株式会社ニチレイ及びマルハ株式会社等に多数配布したほか、業界紙である「食品速報」にも配布し、右「食品速報」には本件質問状の概要と原告自身のコメントが掲載された。
原告は、本件質問状の名義人を「呉中央水産労働組合執行委員長須川元雄」とし、宛先を被告としているものの、本件質問状を、被告に対してではなく、不特定多数人の目に触れるように右各配布先に配布したものであって、被告の信用を低下させる意図に基づいて、本件質問状を配布したものと言わなければならない。
(二) 本件質問状には訴外組合印が押捺されているものの、訴外組合は、被告からの本件質問状が訴外組合の決議に基づくものかの照会に対し、訴外組合で決議したものではない旨を回答しており、本件質問状の配布は、訴外組合名義を使用しているものの、組合の意思とは無関係に、原告個人によって、被告の信用低下のみを目的として行われたものである。
ちなみに、原告は、本件質問状を配布したことにより訴外組合の執行委員長の地位を退き、また、訴外組合は、原告に対する本件解雇につき、訴外組合の問題ではなく原告個人の問題であるとして、何らの行動も取っていない。
(三) 本件質問状の内容は、次に記載のとおり、事実を歪曲し、また、被告と訴外組合の問題ではない事柄を多く含み、訴外組合の団体交渉権の範囲を逸脱し、被告の信用低下を目的とするものと言わなければならない。
(1) 営業手当廃止については、前記のような同手当の性質やその廃止に向けた経緯に触れることなく、被告が労働基準法に反する賃金カットを行おうとしているかの如き内容となっている。
(2) 未回収売掛金の問題は、営業手当の問題とは無関係であって、労使交渉事項ではなく、また、これまで労使交渉の場において問題とされたこともない。それにもかかわらず、同業他社には実名が即座に了解しうる「T商店」の名称と実際よりも過大な売掛債権額を掲げた上、未回収金額と称して回収不能な不良債権であるかの如き印象を与えることは、被告のみならずT商店に対する信用をも著しく低下させるものであって、組合活動の形式を採っていても許されることではない。
(3) 被告の子会社である株式会社丸ヒの経営責任の問題も、営業手当の問題とは無関係で、労使交渉事項ではなく、また、これまでに労使交渉事項とされたこともない。その上、本件質問状の記載内容は、被告から株式会社丸ヒの経営建直しのために出向した中下征一個人の名誉を毀損するもので、被告の信用を低下させようとする個人攻撃に過ぎない。
(4) 役員報酬、ゴルフコンペ、社員旅行、役員定数及び新入社員の採用の各問題についても、いずれも営業手当の問題とは無関係で、労使交渉事項ではなく、現に交渉されたこともない。それにもかかわらず、事実と異なる原告の個人的な予断と推測による内容を訴外組合名義で記載することは、単に被告の信用を低下させるだけで、訴外組合の活動範囲を逸脱している。
(四) 本件質問状の内容は、これを閲読した者に、被告においては、同質問状に記載された問題をめぐり、労使紛争が生じているかの如き印象を与えるものであり、現に、原告による本件質問状の配布先や被告の取引先等からは、被告に対して、本件質問状の記載内容の真偽の照会や釈明の問い合わせが相い次ぎ、被告の信用は著しく低下した。
3 本件解雇に至る手続と本件解雇の正当性
被告は、平成六年四月五日、同月一四日及び同年五月九日、本件質問状が訴外組合の意思に基づくものであるかを調査した上、原告から事情を聴取したが、原告は、まったく反省せず、被告と対決するばかりであった。そこで被告としては、懲戒解雇処分が適当とも考えたが、普通解雇処分である本件解雇としたものである。
以上のとおり、原告は、事実を歪曲した内容の公開質問状を、前記のような第三者に広く配布して、被告の信用を著しく低下させるという悪質な行為をなしたものであり、被告は、本件解雇に至るまでの約一か月間にわたって事実関係を調査し、原告に対しても反省を求めてきたが、原告が反省の態度を示さないため、やむなく本件解雇に至ったものであり、原告主張の不当労働行為及び解雇権の濫用の主張は、明らかに失当である。
4 原告の賃金額
労働者の賃金請求権は、労働基準法一二条の平均賃金により算定すべきところ、賞与は、毎月支払われる給与とは別個に支給されるものであって、賞与額は、対象期間中の企業の業績や労働者の能率等により支給の有無及び額が変動することが予定されており、就業規則等で支給条件が明確に定められ具体的な賞与請求権が発生していると認められない限り、賞与請求権があるということはできない。被告の就業規則でも、四九条二項において「賞与は会社の事業成績並びに各人の勤務成績を考慮して支給する」旨が規定されているに過ぎず、具体的な賞与支給金額が算出されるものではなく、他に賞与請求権が具体化していると解しうる根拠もない。
したがって、原告の本件解雇当時における平均賃金は、賞与を含まない金額である月額三二万八三二〇円とするのが相当である。
第三当裁判所の判断
一 原告が平成六年五月九日被告から本件解雇を通告されたことは当事者間に争いがなく、証拠(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)によれば、本件解雇は、原告が、被告の信用を低下させる目的をもって、本件質問状を、被告の監督官庁である呉市、被告の主要な取引先である大手食品会社の株式会社ニチレイ及びマルハ株式会社、不特定多数人が来集する浅田食堂及び喫茶店「まなび」並びに業界紙である「食品速報」に配布して、被告の信用を失墜させ、その業務に重大な損害を与えたことを理由とするものと認められる。
二 右一認定の本件解雇の理由によれば、本件解雇は、原告による本件質問状の配布による被告の信用失墜等を理由とするものであって、原告が、訴外組合の正当な行為をしたことを理由とするものではなく、他に被告の不当労働行為意思を認めるに足りる証拠もないから、本件解雇をもって不当労働行為とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 次に、本件解雇が解雇権の濫用となるかを検討する。
1 営業手当の法的性質について
(一) 証拠(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)によれば、次のとおり認められる。
(1) 被告は、平成元年三月に鮮魚部の始業時間を午前四時から午前三時に繰り上げたが、平成二年三月から、当時はいわゆるバブル景気にともなって魚の入荷量が多く、被告従業員も一日一時間程度の残業が常態化していたことと、時間外手当の計算違い等が多発していたことから、予め一日あたり一時間の残業があるものとして一か月分の時間外手当を計算しておき、時間外手当の計算を簡素化することを発案し、右方式により支給する時間外手当を営業手当の名称とすることとした。
(2) 右営業手当が支給されたのは、被告従業員のうち鮮魚部に所属し、実際に残業をしている従業員に限られており、鮮魚部のその他の従業員や冷凍塩干部等の他の部局の従業員は同手当の支給対象者とはされなかった。
(3) 右営業手当の支給対象者である従業員が、欠勤、休暇又は早退等により、一日一時間の残業をしなかったときは、その残業を行わなかった日数に応じて、右営業手当の実際の支給金額は減額されることとされていた。
右認定の各事実を総合して考えると、営業手当の法的性質は、被告が主張するように、時間外手当と認めるのが相当である。
(二) しかしながら、他方、証拠(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)によれば、次の各事実をも認めることができる。
(1) 右(一)(1)記載の始業時間の繰り上げにもかかわらず、被告従業員の実際の勤務時間にはさほど変化がなかった。
(2) 営業手当の支給対象者とされた被告従業員らが被告から受け取る各種手当等を含めた給与金額は、営業手当の導入の前後を通じて、ほとんど変化がなかった。
(3) 営業手当の導入後、同手当の支給対象者とされた従業員に対し、被告から、同手当が予定する一日あたり一時間の残業に相応する仕事が具体的に指示されたり、右残業があることを前提に仕事が指示されたことも多くはない。
(4) 被告においては、出社時刻はタイムレコーダーで管理されているものの、退社時刻はタイムレコーダーで管理されておらず、営業手当の導入後も、被告従業員は、一時間の残業をせず、また、その旨の届出をしないまま退社することも稀ではなかった。
したがって、右認定の各事実を考え併せると、原告及び原告が執行委員長を務める訴外組合が、営業手当を、その支給実態から、現実に一日あたり一時間の残業を行わなくとも当然に被告から支給を受けることのできるみなし残業手当であると有利に解釈する余地もなお残されていたということができ、原告が、その立場上、敢えてそのように有利に解釈したとしても、これをもって直ちに事実を曲げたものであるとの非難を加えることまではできず、逆に、被告から、原告等の従業員に対して、右営業手当の法的性質が周知徹底されていたと認めるに足りるまでの証拠もない。
2 本件質問状と訴外組合との関係
(一) 営業手当の性質を右1記載のとおり、みなし残業手当と解する余地がある以上、その廃止について、原告が、これを賃金の切り下げとして関心を持つことは当然のことである。
そして、証拠(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)を総合すれば、原告は、被告が平成六年四月分から営業手当の廃止を目論み、右廃止に対する被告従業員の反発も巧妙に封じ込んでいることから、このままでは右廃止が強行されてしまうとの焦燥感を抱き、同廃止を回避し、同廃止問題についての被告との労使交渉を再開する目的で、訴外組合の執行委員長名義で本件質問状を作成し、同年四月四日、本件質問状を、呉市、クレスイ食品株式会社及び浅田食堂に配付したものと認められこれを覆すに足りるまでの証拠はない。
(二) 他方、証拠(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)によれば、被告は、原告による本件質問状配付の事実を把握した後、平成六年四月六日、訴外組合に対し、本件質問状が訴外組合の決議に基づくものであるかを照会したところ、訴外組合は、同月九日、被告に対し、本件質問状の作成、配付は訴外組合の決議に基づくものではない旨を回答したことが認められる。
(三) しかしながら、証拠(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)によれば、右(一)認定の各事実のほか、次の各事実を認めることができ、これに反する証拠(<証拠略>)は採用することができない。
(1) 原告は、本件質問状の作成、配付の時点では訴外組合の執行委員長であり、大会決議事項及び執行委員会決議事項以外の事項につき、訴外組合の意思決定及び業務執行の各権限を有していた。
(2) 本件質問状を作成、配付することは訴外組合の大会決議事項ではなくまた、執行委員会決議事項は明定されていなかった。
(3) 原告は、本件質問状の配付前、訴外組合の大半の組合員の許を回り、本件質問状の内容を示し、同組合員らから、その内容と配付につき、一応の承諾を得ていた。
したがって、右各事実を総合して考えると、原告が本件質問状を作成、配付したことは、訴外組合内部の意思決定の過程において慎重さとその結果に対する配慮を欠いた憾みがあり、このため、原告の責任が訴外組合内部において追及されるのは格別、これをもって、訴外組合と無関係の原告の個人的な行動と断ずることまではできず、なお、訴外組合の行為ということができる。
(四) 本件質問状の内容は別紙<略>のとおりであり、被告は、その内容が労使交渉の対象となりうる事項ではない旨を主張するが、本件質問状の記載内容を全体的に考察し、前判示のような本件質問状配付の目的を考え併せると、本件質問状が、営業手当の廃止を避けるために、同廃止に先立って改善、是正すべき被告の経営上の問題点を羅列したものと理解することも可能である。そして、原告が営業手当の廃止の回避を目指す以上、同廃止による経費節減と同様の効果を挙げうる被告の経営上の是正点を同廃止の代替案として提示することも、右是正点が法律的に見て労使交渉事項であるか否かにかかわらず許容されるものと解される。
また、原告が、本件質問状の記載内容につき何らの根拠も有さず、または、右内容が虚偽であることを知りながら、敢えて記載したものと認めるに足りるまでの証拠もない。
3 本件質問状の配付による被告の信用低下の有無と程度
争議行為を想定すれば明らかなように、労使関係が緊張、紛糾した場合において、労働組合が、右関係を会社外の目に知られることなく解決すべき義務を負っているとは解されず、むしろ、労働組合にあっては、労使紛争の行方を有利に導くために、右労使関係の現状を一般社会に積極的に知らせ、労働組合に対する支援、同情を得ようとすることは往々にして見られるところであり、このような労使紛争の公表にともなって当該会社の信用が低下することがあっても、その程度が通常の範囲内に留まる限りにおいては、労使関係をめぐる紛争過程において不可避的に生じ得る事態であり、右公表をもって直ちに違法ないしは労働組合の活動範囲を逸脱したものとまでいうことはできない。
そして、証拠(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)によれば、本件質問状の配付後、これを知った被告の主要な取引先である大手食品会社の株式会社ニチレイ及びマルハ株式会社等から、被告に対し、本件質問状の記載内容や被告における労使関係について問い合わせがあったほか、業界紙である「食品速報」にも本件質問状に関する記事が掲載されたことが認められ、右事実によれば、本件質問状により、被告における労使関係の安定性に対する取引先等の信頼が損なわれ、ひいては被告の信用が低下したものと認められるが、その低下の程度については、被告が現に経済的損失を被ったり、その業務に重大な影響を受けたことを具体的に立証するまでの証拠はなく、いまだ抽象的な程度に止まるというべきである。
4 結論
本件解雇の理由は、原告が本件質問状を作成配布して、被告の信用を著しく低下させたという懲戒事由であるところ、被告の就業規則(<証拠略>)三三条によれば、被告が、従業員を懲戒解雇し得るのは、<1>一四日以上の無断欠勤、<2>故意、過失により事業上に重大な損害を与えたとき、<3>職務上の命令に反抗して職場秩序を乱したとき、<4>経歴詐称等により採用されたとき、<5>事業上の重大な秘密の漏洩、<6>しばしば懲戒されたにもかかわらず、なお素行がおさまらないとき、<7>有罪判決を受けたとき、<8>その他右<1>ないし<7>に準ずる行為のあったときに限られている。
そして、前判示によれば、本件質問状の配付とそれによる被告の信用低下の程度は、右<2>所定の「重大な損害」にあたるとは解されず、また、原告がこれまでに懲戒処分を受けたこともない。そして、右<8>にいう「準ずる行為」とは、その非違行為の程度が右<1>ないし<7>に匹敵するものであることを要すると解されるところ、本件質問状の作成、配付とその前後の事情を検討しても、原告について、右「準ずる行為」に該当する事由を見出すこともできない。
そうすると、被告の就業規則六〇条によれば、被告における懲戒処分は、けん責、減給、出勤停止、降職、諭旨免職及び懲戒解雇と定められているのであるから、本件質問状の配付を理由として、原告に対し、解雇以外の右各懲戒処分を経ることなく、直ちに解雇をもって臨み、原告を被告から排除してしまうことは、明らかに均衡を失し、解雇権の濫用であるといわざるを得ず、本件解雇は無効といわなければならない。
四 原告の平均賃金額
被告においては、賞与の支給につき、その就業規則(<証拠略>)四九条二号において、賞与は、被告の事業成績と従業員各人の勤務成績を考慮して支給する旨を規定しているのみであり、具体的な賞与支払請求権を根拠付けるに足りる証拠を見出すことはできず、原告の平均賃金額は、賞与を除いて計算するのが相当であると認められる。
そして、本件解雇当時の原告の賞与を除いた平均賃金額が月額三二万八三二〇円であることは当事者間に争いがないから、右金額をもって原告の平均賃金とするのが相当である。
五 結語
以上によれば、原告の請求は主文第一、二項記載の限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田進 裁判官 武田正彦 裁判官 佐々木亘)